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多様とは?

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多様体 - Wikipedia
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多様とは?| 多様体 - Wikipedia

[ 62] 多様体 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E6%A7%98%E4%BD%93

多様体(たようたい、manifold)とは、局所的にユークリッド空間とみなせるような図形のことである。多様体上には好きなところに局所的に座標を描き込むことができる。
多様体に座標を描くという作業は地球上の地図を作る作業に似ている。地図の上の点は地球上の点に対応し、さらに地面には描かれていない緯線や経線を地図に描き込むことによって、地図に描いてある地域の様子が分かりやすくなる。座標の無い地球上の様子は、人間が作った座標のある地図と対応させることによって非常に把握しやすくなる。
地球は球であり、世界地図を一枚の平面的な地図におさめようとすれば、南極大陸が肥大化したり、地図の端の方では一枚の地図の中に(連続性を表現するために)同じ地点が描き込まれたりする。世界地図をいくつかの小さな地図に分割すると、こういった奇妙なことはある程度回避できる。例えば、北極を中心とした地図、南極を中心とした地図、ハワイを中心とした地図、ガーナを中心とした地図…… などのように分割できる。そして隣り合った地図の繋がりをそれぞれの地図に同じ地域を含めることで表現すればよい。こうすることによって異なる地図同士では重複する部分が出てきてしまうものの、一枚の地図の中に同じ地域が 2 箇所以上描かれることをなくすことはできる。
地球と同じように多様体は好きなところに小さな地図(局所座標系)が描ける図形である。逆に、このような小さな地図を繋げていったら全体としてどのような図形ができあがるのか?という問題は位相幾何学の重要な問題の一つでもある。地図だけみれば地球をまねて作っているようなゲームの世界が、実は球面ではなくトーラスだったということもある。
円や球や多角形、多面体などは全て多様体として扱える。一方でペアノ曲線やフラクタルなどは適当な地図を描くことはできず、多様体にはならない。多様体は結構性質のよい図形である。
多様体の定義で重要な点は、多様体の上にいかにして座標系を貼り付けるか?ということと、どのような座標系を用いたとしても計算に違いが現れないようにすることである。多様体は計算したいときに座標を導入でき、しかもどのような座標系で計算したとしても違いがない、すなわち座標系に依存しないという非常に扱いやすい性質が追求された図形である。
ここでいう計算とは関数やベクトル、それらの微分、積分などのユークリッド空間の上で普通に行われているような座標を用いた計算のことである。
同相写像 φ とその逆写像 φ-1 で対応付けられた(座標の無い)集合 U と(座標のある)集合 U′
M を位相空間とする。M の開集合 U に対して、U が m 次元ユークリッド空間の開集合 U′ と同相であるとき、同相写像
局所座標を用いることにより U がいかに奇妙な形をしていようともその上の点は、 m 次元ユークリッド空間の点であるかのように扱うことが可能になる。U 上に局所座標系 φ が定義されているということを明示するために (U, φ) という対で表す。この対を m 次元座標近傍 (coordinate neighborhood) という。座標近傍は局所座標系の成分を明示的に (U;φ1, ..., φm) のように書いたものを用いることもある。
U∩Vは、 φ(U∩V) と ψ(U∩V) の 2 通りの局所座標で表されているが局所座標同士は座標変換で写り合うため実質的に同じ
M の二つの座標近傍 (U,φ) と (V,ψ) について、 U ∩ V が空でないとする。局所座標系 φ と ψ は U と V をそれぞれ m 次元ユークリッド空間の開集合U′, V′ に写すとする。すなわち
は、m 次元ユークリッド空間の開集合から開集合への写像になる。この写像を (U, φ) から (V, ψ) への座標変換 (coordinate transformation) という。座標変換を用いれば、同じ開集合 U ∩ V に定義された異なる局所座標 φ と ψ を同じものとして扱うことができる。
座標変換はまず φ-1 で M に戻してから ψ によって座標のある集合 V′ に写す写像である。間に座標が決められていない空間 M を挟む形になっているものの、座標変換全体はユークリッド空間の部分集合 U′ からユークリッド空間の部分集合 V′ への写像になっている。すなわち M を経由しているという事実を無視し、座標変換を合成写像というより全体で 1 つの写像として捉えると、普通のユークリッド空間からユークリッド空間への写像と同じなので、座標を用いた計算が定義しやすくなり扱いやすい。
このとき、S を座標近傍系 (system of coordinate neighborhoods) あるいはアトラス (atlas) という。アトラスというのは地図帳のことで、局所的な地図であるチャートをいくつも集めて作った地図帳という意味である。
これまで、局所座標 φ(a) はユークリッド空間 Rm に値を取ると考えてきたが、代わりに半空間 Hm = {(x1, x2, ..., xm) ∈ Rm | xm ? 0} に値を取ると考え局所座標の定義を修正すると境界のある位相多様体が定義される。
N をハウスドルフ空間とし、N の任意の点 a に対して、a を含む m 次元座標近傍 (U, φ) が存在するとする。
を N の境界という。∂N が空でないとき N を 境界のある m 次元位相多様体という。境界のある m 次元位相多様体の境界は m - 1 次元位相多様体になる。
のすべての成分が、Cn 級関数(n 回連続微分可能関数、すなわち n 回微分可能でありかつ n 階偏導関数がすべて連続となるような関数)となるとき、S を Cn 級座標近傍系という。
m 次元位相多様体 M が、Cn 級座標近傍系を持つとき、 Mを Cn 級 m 次元微分可能多様体(あるいは可微分多様体, differentiable manifold of class Cn) という。微分可能とか、可微分といった言葉を省略して Cn 級多様体ということもある。位相多様体のことを、座標変換の微分可能性が仮定されていないという意味で C0 級多様体と呼ぶこともある。 C∞ 級多様体は、滑らかな多様体と呼ばれる。特に n = ω すなわち、全ての座標変換が解析関数であるときは特に解析多様体 (analytic manifold) という。
ここで、自然数 s, t が s ? t を満たすとき、定義より、Ct 級関数は Cs 級関数である。
微分可能多様体は、Cn 級座標近傍系 Sの取り方によってはまったく別の多様体になってしまうので、 位相多様体 M と座標近傍系 S を対にして (M, S) と書くこともある。この意味で S は位相多様体 M に Cn 級可微分構造 (differentiable structure of class Cn) を定めると表現されることもある。
座標近傍系同士の関係や性質など座標近傍系の基本的な性質に関わることを論じる場合に、(M, S) と明示すると分かりやすい。
m 次元位相多様体 M に対し Cn 級座標近傍系として S と T の 2つを取るとする。和集合 S ∪ T が再び M のCn 級座標近傍系になるとき、 S と T は同値であるという。これは同値関係を定める。これは S に属する座標近傍と T に属する座標近傍の間にも座標変換が存在し S での計算と T での計算に違いが無いという性質を保証するための同値関係である。
さらに、 M 上の S と同値な Cn 級座標近傍系全ての和集合を取ることによって得られる F = F(S) を S によって生成された M の Cn 級極大座標近傍系あるいは M の Cn 級微分構造という。定義により、同じ微分構造を定める 座標近傍系同士は同値である。
こうして座標近傍系の取り方にあまり依存しない Cn 級多様体が定義される。m 次元位相多様体 M 上には同値でない座標近傍系の同値類が多く存在することもある。それらは座標変換で写り合うことが保証されないということなので、座標によらない計算という多様体に求められる性質を保てないため仕方なく異なる多様体として研究されることになる。そして、ある位相多様体上にどれだけの種類の微分構造が存在しうるか?という問題もとても重要な問題である。
多様体の例でもっとも簡単なものは、 m 次元ユークリッド空間 Rm に座標近傍系として S1 = {(Rm, id)} をいれたものである。ここで id は恒等写像
すなわち x ∈ Rn に対して x をそのまま返す写像である。最初から座標が描かれているのだからそれをそのまま使えばよく、この場合は座標近傍が 1 つしかないので座標変換が不要である。 S1 と同値な Cω 級座標近傍系を取ることができるので、 S1 は Cω 級座標近傍系といえる。ゆえに (Rm,S1) は m 次元解析多様体である。このように Rm を微分可能多様体として捉えたものをアフィン空間という。
話をさらに簡明にするために m = 1 とする。すなわち数直線 R1 について考える。上に書いたとおり S1 = {(R1, id)} として、 (R1,S1) は 1 次元解析多様体となる。
についても同じようにして 2m+1 個の開近傍で覆うことができ、それぞれの開近傍は m 次元開球と同相であるので、局所座標系を定めることができ m 次元解析多様体になる。
直線と円周の直積 R1 × S1 を考えれば、直線を軸とした無限に伸びる円柱の側面を多様体と見ることもできるし、円周同士の直積 T2 = S1 × S1 を考えればトーラスを多様体とみることもできる。
のように書かれるが、これらの直線はmの値と対応し、あらためて一つの点と考えることができる。直線の集合は図形ではないが、このように直線を点に読み替えることで直線のなす集合にも適当な座標系を入れることができ、多様体という図形として扱えるようになる。
これは、多様体上の点 p ∈ M に対して実数値 f(p) を対応させる関数である。特定の局所座標を考えているわけではないので、この関数の変数は (x1, x2, ..., xm) のように数を並べた座標ではなく単に点を表している。
多様体上には局所座標を貼ることができるためこの座標を用いた微積分などの計算が可能である。 M には座標近傍系 S = {(Uλ, φλ) | λ ∈ Λ} が与えられていて
である。この U′λ はユークリッド空間の部分集合なので その点である q は (x1, x2, ..., xm) のように数を並べた座標で表すことができ、この座標を用いて微積分などの計算が可能になる。座標近傍 (Uλ, φλ) においてその座標を用いて具体的に f(x1, x2, ..., xm) のように書かれた関数を (Uλ, φλ) に関する f の局所座標表示という。
ところで、多様体上の計算はなるべく局所座標のとり方に依存しないような計算をしたいという目標があるので U1 ∩ U2 上では、座標近傍 (U1, φ1), (U2, φ2) のそれぞれの計算は座標変換でうつり合う必要がある。 座標近傍 (U1, φ1) での関数の表示
真ん中に挟まれた、 φ1-1 と φ1 は写像として打ち消しあうように見えるが、微分可能性を検証したいのでここではあえてしない。Cn 級多様体の座標変換は Cn 級であるから、この合成関数の微分可能性も高々 Cn 級であるとしか言えず、座標変換によっては n + 1 回以上の微分は不可能である場合もあるかもしれないので意味がない。したがって、Cn 級多様体上での関数は Cn 級までしか意味を持たない。もちろん、ある特定の座標近傍だけで定義された関数に n + 1 回以上微分できる関数を定義することはできるが、それはその座標近傍だけでの性質であり、Cn 級多様体という図形の性質とは異なるものになる。
が Cs 級関数であるとは、任意の座標近傍に対し、そこでの局所座標表示が Cs 級関数であることと定義される。ただし 0 ? s ? n とする。 M 上の Cs 級関数の全体を Cs(M) と表すことがある。
それぞれの多様体に与えられている座標近傍系が S = {(Uλ, φλ) | λ ∈ Λ} , T = {(Vτ, ψτ) | τ ∈ Τ} で定められているとする。多様体上の関数と同じように、写像も座標を用いて表現することができる。関数の場合と違うのは写像でうつる先でも座標について考えなければならないことである。
のように表現されているとき、 この表示を (Uλ, φλ) と (Vτ, ψτ) に関する f の局所座標表示という。
それぞれの括弧は、座標系から座標系への写像になっている。左端の括弧は (M2,T) での座標変換なので Ct 級、右端の括弧は (M1,S) での座標変換なので Cs 級である。このことからs と t の小さい方( s = t ならばその値)を u として、この合成写像の微分可能性は高々 Cu 級であり、 u + 1 回以上の連続微分可能性を仮定することは意味を持たない。
が Cr 級写像であるとは、任意の座標近傍に対し、そこでの局所座標表示が Cr 級写像であることと定義される。ただし 0 ? r ? u = min{s,t} とする。
{ φ(t) ∈ M | t ∈ I} という点の集合を曲線というのではなく、写像 φ を曲線というのである。なお、 φ の変数 t を媒介変数という。
とする。φ が 開区間 I = (a,b) で定義された Cr 級曲線であるとき、 I に含まれる閉区間 [c,d] や 半開区間 [c,d), (c,d] に φ の定義域を制限して得られる写像も Cr 級曲線という。
多様体論は、ロバチェフスキーの双曲幾何学によって始まった非ユークリッド幾何学やガウスの曲面論を背景として様々な幾何学を統一し、 n 次元の幾何学へと飛躍させた。発見当初はカント哲学に打撃を与えたりした非ユークリッド幾何学も多様体論の一例でしかなくなってしまった。
リーマンがゲッチンゲン大学の私講師に就任するために行った講演『幾何学の基礎に関する仮説について』の中で「何重にも拡がったもの」と表現した概念が n 次元多様体のもとになり n 次元の幾何学に関する研究が始まった。この講演を聴いていたガウスがその着想に夢中になり、(ガウスは普段はあまり表立って他人を褒めることはなかったが、)リーマンの着想がいかに素晴らしいかを同僚に語り続けたり、帰り道にうわの空で道端の溝に落ちたりしたと言われている。
この項目「多様体」は、自然科学に関連した書きかけの項目です。加筆・訂正などをして下さる協力者を求めています。

多様とは?| 生物多様性 - Wikipedia

[ 63] 生物多様性 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E7%89%A9%E5%A4%9A%E6%A7%98%E6%80%A7

生物多様性 (せいぶつたようせい、英語 'biodiversity', 'biological diversity') とは、生態系・生物群系(バイオーム)または地球全体に、多様な生物が存在していることを指す。
生物多様性(biodiversity)という用語それ自体は、アメリカ合衆国研究協議会(National Research Council, NRC) による生物学的多様性に関するフォーラム(National Forum on Biological Diversity, 1986年開催)計画中の1985年に、W.G.ローゼンが造語した。用語Biodiversityが初めて公式に使われたのは、1988年に出版された昆虫学者・生態学者E.O. ウィルソンによるこのフォーラムの報告の書名としてである [1] [2] 。生物多様性という語は、1970年代から使われていたbiological diversity(生物学的多様性)よりもコミュニケーションをとる際に効果的であると受け取られるようになった。
1986年以降、生物多様性という用語とその概念は、生物学者、環境保護活動家、政治指導者、関心をもつ市民らにより、世界中で広く用いられることになった。これは20世紀最後の10年間に見られた絶滅種に対する関心の広まりとよく一致している。
「生物多様性」は、いくつかの側面があるため、標準的な一義的な定義というものはないが、以下の3つの定義で説明ができる。
「異なる生態系に存在する生物間での相対的な多様性の尺度」 - この定義の「多様性」は、1種内の多様性、種間の多様性、および生態系間の多様性を含む。
「ある地域における遺伝子・種・生態系の総体」 - この定義の長所は、実態をうまく表しているように思われることと、生物多様性として定義されてきた慣例的な3段階の切り口を統一的に扱える点である。
遺伝的多様性 − ある1種の中での遺伝子の多様性。同じ種の中での個体間の違いと、個体群間の違いがある(→集団遺伝学も参照されたい)。
生態系多様性 − より高次の水準、すなわち生態系(遺伝子が究極的に寄与する、異なった諸過程の豊富さ)における多様性。
上記の定義のうち最後のものは、生物学における伝統的な5つの生物の層(個体・個体群・生物群集・生態系・景観)と同じであり、複数のレベルでのアプローチに付加的な正当性を与えている。
1992年にリオデジャネイロ市で開催された環境と開発に関する国際連合会議(地球サミット)では、生物多様性は次のように定義された:
「陸上、海洋およびその他の水中生態系を含め、あらゆる起源をもつ生物、およびそれらからなる生態的複合体の多様性。これには生物種内、種間および生態系間における多様性を含む」
これは生物の多様性に関する条約で採用された定義であって、生物多様性に関して法的に認められた唯一の定義と言えるものに最も近い。この条約には、アンドラ、ブルネイ、バチカン、イラク、ソマリア、東ティモール、アメリカ合衆国を除く全ての国が締約国として参加している。
E.O.ウィルソンが言うように、遺伝子が自然選択における根本の単位であるならば、生物多様性は実質的には遺伝的多様性であるといえるが、研究の際に最も扱いやすいのは、種多様性である。
遺伝学者にとって、生物多様性とは、遺伝子や個体の多様性のことである。かれらは、DNAレベルで起きて進化を発生させる諸過程(突然変異、遺伝子の交換、遺伝子の動態)について研究する。
生物学者にとって、生物多様性とは、生物の個体群や種の多様性のことであり、さらにはそれらの生物が果たす役割のことでもある。生物は現れては絶滅する。すなわち、ある場所は、同種の生物によって占められたり、別種のものにとって代わられたりする。種によっては、生殖戦略を発展させるために社会構造を発達させる。
生態学者にとって、生物多様性とは、種間の持続的な相互作用の多様性のことでもある。このことは、'種'についてだけでなく、生物が直接接する環境(生息空間) および更に広範囲な地域についても当てはまる。各々の生態系の中で、生きている生物は全体を構成する一部分であり、個体同士のみならず、空気、水、土壌など彼らをつつむ全てと相互に影響しあっている。
生物多様性は幅を持つ概念であるので、さまざまな目的に沿った尺度が作成されてきた。それぞれの尺度は、データの使い方にあわせて選択される。
遺伝学者は、この尺度は遺伝子の多様性と結びつけるのが適当であると主張している。どの遺伝子が有益あるかを常に立証することはできないので、多様性保全のための最良の選択はできるだけ多くの遺伝子を残すことである。一方、生態学者は、遷移を禁じることになるので、このアプローチは行き過ぎた制約であると、考えることもある。
通常、生物多様性は、短い時間スケールで地域の分類学的生物種の豊富さとして表現される。ホイタッカー[4]は、種の豊富さと均等度に注意を払いつつ、種レベルでの生物多様性を測るものとして3種類の一般的尺度について記述した(種多様性を参照のこと)。
アルファ多様性 … 群生または生態系といった特定領域中の多様性について、分類群(タクソン)数(ふつうは種)を数えることで測定される。
ベータ多様性 … 複数の生態系の間での種の多様性である。それぞれの生態系に特有な分類群の数を比較する。
地球上の生物多様性は均等ではない。一般に、熱帯では多様性が豊かであり、極地(高緯度地方)に近づくにつれ種の数は減少する。多様性は気候、標高、土壌、および同時に存在する生物に影響を受ける。
生物多様性ホットスポットは多数の固有種が存在する地域である。ホットスポットは、雑誌Environmentalistの2つの記事の中でノーマン・メイヤーズ博士によって特定された[5][6]。ホットスポットの大部分は熱帯に位置し、その多くは森林である。ホットスポットは人口爆発地域の近くにあることが多く、人間活動が劇的に増加しているため、固有種が危機にさらされている。
ホットスポットの例として次の地域がある。ブラジルの大西洋岸森林には約2万種の植物、1350種の脊椎動物と何百万種の昆虫類がおり、半数程度は固有種であると推定されている。6500万年前にアフリカ大陸から分離したマダガスカル島では、乾いた落葉樹林と低地熱帯雨林において、固有種の比率と生物多様性が非常に高い。
また、特異な適応メカニズムを必要とする生息地があることによって、多様性・固有性が高い地域ができる。例えば、北ヨーロッパの泥炭湿原やスウェーデンエーランド島のアルヴァールでは、動植物の大きな多様性が観察され、それら動植物の多くは他の地域では見られないものである。
横軸は年代(左端:現代⇒右端:カンブリア紀)、縦軸は生物属数(1000単位)。 緑は良く分析されている属の数。灰色は全属数。赤線は長期傾向。▼は「5大」大量絶滅、▼は他の絶滅期。
今日の地球上に見られる生物多様性は約40億年の進化の結果である。科学によっても生命の起源の詳細は不明であるが、地球形成後10億年(35億年前)には生命が確立したことを示唆する証拠がある。約12億年前までは、全ての生命はバクテリアなどの単細胞生物であった。(地質時代#地質時代区分表、生物#生物の歴史を参照)
顕生代の生物多様性の歴史は、約5億4000万年前、ほぼ全ての門と多細胞生物が最初に現れたカンブリア爆発の時期に開始し、急速に発展した。その後、大量絶滅として分類される定期的な多様性の大量消失があった他には、約4億年の間、地球的規模の生物多様性の変化には傾向はなかった。
化石記録に示された見かけの生物多様性は、ここ数百万年間が地球史上で生物多様性が最も豊富である時期であることを示唆している。しかしながら、全ての科学者がこの観点を支持している訳ではない。なぜならば、新しい地層ほど保持され利用可能であることにより化石記録がどれくらい強く偏っているか、不確実であると考えられているためである。化石サンプリングについて修正を加えるならば現代の生物多様性は3億年前とあまり異なっていないと、主張する人もいる [7]。現在の種の地球規模・マクロな推定値は、200万種から1億種の幅があり、最良の推定値は1000万種の近傍である。
恒常的に新しい種が発見されるが(鳥では年平均3つの新種)、発見されても未だ分類されていないものもある(南アメリカで発見される淡水魚の40%が未分類とする推定がある)。陸生の多様性の多くは熱帯雨林で観察される。
生物学者の中には、現在多くの生物種の絶滅が起きていると考え、これを完新世大量絶滅と呼ぶ者もいる。20世紀の期間中、生物多様性の衰退が観察され続けてきた。2006年には、かなり多くの種が絶滅危惧種に分類されている。多くの科学者が、正式に認知されていない数百万以上の種が危機にさらされていると見積もっている。種数領域理論を用いた計算で、年に最大14万種の消失があるとする推定値があり、議論を呼んでいる[8]。年ごとに生じる新種の数は少ないので、多くの種が消失すると生態学的な諸事象の持続が不可能になる。
1000年から2000年にかけて起きた種の絶滅の多くは、人間の活動、特に動植物の生息地の破壊によるものと推定されている。人間による有機的資源の消費(特に熱帯雨林破壊)によって、絶滅が高い速度で引き起こされる[9]。絶滅に向かっている種の多くは直接人間が利用している種ではないため、生息地は農地に変えられつつあり、それらの種が本来生み出す筈のバイオマスは食料や燃料など人間が利用できる形態に換えられている。
生態系に含まれる種が絶滅すると生態系の安定度が低下するので、地球の生態系の複雑さが更に減少するならば地球生態系は崩壊を運命付けられていると、上に述べた研究は警告を与えている。生物多様性の消失をもたらす要因は、人間活動によってもたらされる人口爆発、森林破壊、汚染(大気汚染・水質汚濁・土壌汚染)、および地球温暖化や気候変動がある。これらの要因は、累積しながら生物多様性に打撃を与える。
生物多様性の消失(例:森林伐採とその後の単一栽培)を、生態系破壊ではなく生態系の些細な標準化と、特徴付ける人もいる。生物資源への財産権や規制がない国々では、生物多様性の消失が起きている。
他の陸地に生息する種から、海や大洋といった障害物によって隔絶されていたことにより、地球各地に多様性が豊かな地域が生じた。しかしながら、人間は船や飛行機を発明し、過去の進化史上で出会うことがなかった生物種を接触させる力を持った。 人間による外来種の導入は、競争による在来種や固有種の絶滅や、遺伝子汚染による生物種の変化を通じて多様性に強く脅威を与える。
外来生物は、捕食者や寄生者、あるいは養分・水・光を在来種から奪う単に攻撃的な種であることがある。外来種は進化的背景や環境の影響によって競争力を持ち、在来種は同様の理由で外来種に対して防御的で競争力がないことがしばしばある(言い換えるならば、持ち込まれた生物のうち、在来種との競争に勝ち残る能力を持つ生物が、外来種として新たな環境に定着するのである)。外来種が生態系に導入され自立した集団を確立すると、その生態系にいる在来種は生き残れないかもしれない。以上の結果として、人間が異なる地域から種を持ち込むことを続けるならば、世界中の生態系において少数の種だけが優勢になることも起こりえる。
遺伝子汚染は、ある地域に存在する在来種と近縁の外来種が同時に存在することにより、両者の間で交雑がおき遺伝子が交じり合う状態になることである。遺伝子汚染が起きると雑種を完全に駆除する以外には、純粋な在来種を復元する方法がない。日本においては、タイワンザルとニホンザルの混血、コイやメダカの放流の問題、農業用マルハナバチの野外拡散による在来種への影響の例がある。
生物多様性と関連を持ち注目を集めている出来事として両生類の減少がある。両生類は生態系の中で、小型動物の捕食者の地位にある。そのため、両生類が減少すると、昆虫の増加やそれに伴う生態系の撹乱がおきる可能性がある。
生物多様性の保全は世界的に関心を呼ぶようになってきている。全ての人が現在の絶滅の範囲と重要性に同意するわけではないが、大部分の人は生物多様性が不可欠であると考える。
基本的には、保全の選択肢として2種類の主な類型、本来の場所(in situ)での生息域内保全(以下、域内保全)と別の場所(ex situ)での生息域外保全(以下、域外保全)がある。域内保全活動の一例としては、保護地域の設定がある。他方、域外保護活動には、遺伝資源の収集保全や人工繁殖などがある。日本において遺伝資源保存・提供を行っている機関は、農業生物資源研究所のジーンバンクなどがある。
通常、域内保全は理想的な保全戦略であるように思われるが、しばしば実現不可能である。希少種や絶滅危惧種の生息地が破壊されている場合には、域外保全が必要となる。さらには域外保全は、域内保全事業への後方支援を提供できる。適切な維持を確実にするためには双方の保全が必要であると信じる人もいる。
国家レベルでは、個々の生物種を保護するために必要な手順を明記した生物多様性行動計画(Biodiversity Action Plan, BAP)を用意することがある。通常この計画には生物種とその生息地の実際のデータが詳細に記載される。そのような計画は、日本では生物多様性国家戦略[10]、アメリカ合衆国では再生計画と呼ばれる。
持続可能な開発に関する世界首脳会議で討議された議題の中に「生物多様性に対する脅威」があり、継続的な植物の収集を補助するために地球規模の環境保全信託機構の設立が望まれるとされた。
生物多様性は、観察・目録化・保全を通して評価と解析されるべきであり、その後、政治判断の対象となる。これが法律的な位置付けを受ける開始点となる。
「法と生態系」の関係は、生物多様性にとって大変に古く重要な関係である。それは私的・公的な所有権について関与する。脅威にさらされている生態系の保護を定めるが、ある種の権利と義務(例:漁業権・狩猟権)についても定める。
「法と生物種」の関係は、より最近の問題である。それは、絶滅の危機にあり保護されるべき生物種を定義する。これらの法の適用に対して疑念を持つ人もいる。「法と生物種」問題について触れた法律としては、日本では「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」、アメリカ合衆国では絶滅危惧種法(Endangered Species Act)がある。
「法と遺伝子」の関係は、わずか約1世紀の歴史しかない。家畜化や伝統的な植物選抜法など遺伝学的な手法は新しくはないが、過去20年間に遺伝学分野に起きた進歩が、法律を厳密化する元となった。新しい遺伝子工学技術により人々は、遺伝子の特許化、(生物が関与する細胞内外の)過程の特許化、新しい統合された遺伝資源の概念を作りつつある。遺伝子・生物・DNA・過程、これら内のどれが資源であるか定義しようと、熱い議論が今日繰り広げられている。
1972年のユネスコ大会では、植物などの生物学的資源が人類の共有資産であると取り決めた。資源が存在する国の外部では、この規則に触発されて、遺伝資源の大きな公的な保存事業を創立したのであろう。
新しい地球規模の協定(例:生物の多様性に関する条約)では、生物学的資源に関する権利(所有権ではない)を主権国家に与えている。生物多様性の静的な保全の考え方は消えつつあり、資源と革新の概念を通して、動的な保全の考え方に置き換えられつつある。
新しい協定は、生物多様性の保全、持続可能な資源の開発、および得られた利益の共有を、国々に対して勧告している。これらの新しい規則の下では、利益の共有と交換に、天然産物のbioprospecting(対象物と対象物の学術情報収集)または収集を、生物多様性に豊む国に許可しなければならないと予想される。
国家主権原則は、アクセスと利益共有に関する協定(Access and Benefit Sharing Agreements, ABAs)として良く知られていることに対応させることができる。生物多様性条約の精神は、資源国と資源収集者の間に予め正しい情報を得た上での合意を形成することを含んでいる。その合意とは、「どの資源を用い、どのような目的で行うか」を明確にし、利益共有についての公正な取り決めを設定することである。これらの原則が守られない場合、bioprospectingは、一種のbiopiracy(生物資源の略奪)になりうる。
生物多様性の研究分野は、狭い対象に集中しており、開始した人々の興味分野、すなわち陸生動物について過度に定義されていると批評を受けてきた。この研究内容の偏りはノースとアイリッシュによって「創始者効果」と名づけられた[11]。(これは一種の言葉遊びである。生態学・集団遺伝学の用語「創始者効果」は、「個体数の少ない集団を元にして、隔離された生物集団が新しく作られるときに遺伝的浮動が起こること」を指す。)
フランスとリグは、1998年に生物多様性の文献を総括して、海洋の生態系の研究論文が不足していることを見出し[12] 、海洋の生物多様性研究を「眠れるヒドラ(手に負えない大問題)」と呼んだ。接近しにくい深海領域よりも、サンゴ礁など接近しやすく多様な沿岸の系について、より多くの研究がなされてきた。今後、海洋環境保全は、生物海洋学の海洋生態系の分類と生物種データ収集に関する方法論的問題を解くのと同様に、新しくて国際的なメカニズムを開発しなければばらない。
生物多様性研究者ショーン・ネイは、地球上の生物多様性を構成している生物の大多数は微生物であり、現在の生物多様性の研究は物理的に「目に見える世界に固定されている」と指摘した(ネイは「目に見える」を「巨視的」の同義語として使っている)[13]。微生物は、多細胞生物と比較すると、代謝的にも環境的にも非常に多様である。「リボソームの小サブユニットRNAの解析に基づけば、生命は3系統に分岐しているが、見える生命はそれほど注目すべき分岐枝ではない」と、ネイは述べている。これは驚くにあたらない…というのは、「目に見える生物」が現れるまで、「目に見えない生物」(微生物)には、進化を進め多様化する20億年以上の時空間があったためである(節「#生物多様性と進化」参照)。
しかしながら、これに対する反論として、生物多様性の保全として「排他的に目に見える種に焦点を合わせた」ことは決してないということが指摘できる。 当初から、生物群集や生態系の型の分類・保全は、生物多様性研究の主体であった。生物分類から漏れている「目に見えない多様性」は「目に見える多様性」と同様に扱うことができなかったが、この過去の多様性保全の思想から、生態系の多様性を維持する最善の手段をとってきている。したがって、過去の生物多様性の研究の成果は、生態系を構成している「目に見えない生物」の多様性も可能な限り維持してきたと言える。
経済的な価値を持つ製品(食品・薬品・化粧品など)を生み出す資源の供給源として生物多様性は重要である。この生物資源管理という概念は、生物多様性の衰退に伴う資源喪失の危惧と関連してくる。生物多様性を資源とみなす考え方は、天然資源の分配・割当のルールに関する新しい衝突を引き起こす元にもなっている。
生物多様性が持つ経済的な価値の推定は、生物多様性の分布について議論するために必要な前提条件となる。その議論の終着点は、環境保全に対して財政的支援を行う決定を伴う必要がある。
人間への飲食物の提供。食用に用いられる陸生動物には、哺乳類・鳥類・昆虫類(昆虫食)がある。海洋生物については、魚をはじめ多様な種が食用に用いられている(例:甲殻類・軟体動物・藻類)。その他、食用になる陸生生物として、穀類や野菜などの種子植物、シダ植物、およびキノコ(菌類)などがある。また、菌類の一部(酵母、コウジカビ)や真正細菌の一部(酢酸菌・乳酸菌・納豆菌)などは、発酵食品の製造に用いられている。
直接的あるいは間接的に、生物資源に由来する薬品は多い。しかしながら、多様な植物の中で、新薬の供給源となる可能性について徹底的に調査が行われたのは少数にすぎない。抗生物質や産業用酵素は、生物を利用して作られている。
広範囲の工業原料は生物資源から由来する。これらは建築材料、繊維、染料、天然樹脂、接着剤、ゴム、および油脂を含む。より広範に生物の多様性を継続的に調査していくことは、利用可能な素材を増加させる莫大な可能性を持つ。
生物多様性は人類が当然のこととして享受している自然環境を維持している。生物は、大気と水の供給において化学的制御の一端を担っている。また、栄養物の循環や、肥沃な土を供給するのにも関与している。環境制御実験によって、人為的な生態系は簡単には構築できないことが判明した(生態系を構築する試みやバイオスフィア2を参照)。
田舎で散歩を楽しむこと、野鳥観察、テレビの自然史番組の視聴といったレジャー活動を通して、生物多様性から人類は恩恵を受けている。音楽家、画家、彫刻家、作家、および他の芸術家といった人々は、生物多様性に触発されることがある。自分たちが自然界に統合されている一部であるとみなし、他の生物に敬意を払っている文化的な集団も多い。

多様とは?| 生物の多様性:WWFの活動/WWFジャパン

[ 64] 生物の多様性:WWFの活動/WWFジャパン
[引用サイト]  http://www.wwf.or.jp/activity/wildlife/biodiv/index.htm

「生物多様性(Biological Diversity)」とは、簡単に言うと、地球上の生物が、バラエティに富んでいること・・・つまり、複雑で多様な生態系そのものを示す言葉です。しかし今、自然環境の悪化に伴い、この生物の多様性が、これまでにない早さで刻一刻と失われつつあります。これは、私たち自身が、人類を含めた多くの生命にとって欠かすことの出来ない命の土台である生物多様性を自らこわしていることに他なりません。WWFは、生物多様性の保全を目指した自然保護プロジェクトを、世界各地で展開しています。
バライロツルニチソウから作られた薬品によって、小児性白血病の治療効果が80%にまで高まった。生物の多様性から人類が受けた恩恵の一つである。
「生物の多様性」とは、遺伝子、種、生態系など全てを包括する言葉で、地球上の生物の多様さと、自然の営みの豊かさを指しています。それは、単に動植物の種類の多さだけではなく、生物の長い歴史と、相互のつながりをも意味しています。
私たち人類は、今日に至るまで、その生存、健康、幸福、そして生きる喜びを、生物の多様性に託してきました。生物の多様性を「資源」として利用することによって、私たちの衣食住は支えられているのです。
生物の多様性は、私たちの病気を治し、私たちに食糧を供給し、産業に必要な原料を提供しています。生物の多様性が失われることは、私たちの生存そのものを脅かすことになるのです。
近代化にともなう大規模な開発は、生物の生息地を破壊し、自然環境の汚染もまた、生物の多様性を著しく脅かしてきました。また、野生生物の過剰利用や、移入種(外来種)による在来種の駆逐、商業的に価値の高い種ばかりを栽培・繁殖することによる種の単一化なども、「多様性」を失わせる大きな原因です。そして、実際にはこれらが複合的、連鎖的に起こることで、地球規模の生物多様性の危機が起こっているのです。
生物の多様性が脅かされる直接的な原因の根底には、大量生産、大量消費、大量廃棄に支えられた先進国の生活に端を発する問題があります。生物の多様性を守るためには、開発や汚染のような直接的な原因だけでなく、これらの環境問題の社会的な背景も考えなければなりません。
私たち人間は大いに生物の多様性の恩恵を受けているにもかかわらず、余りにもその恩恵が空気のように当たり前になりすぎてしまい、その大切さを顧みずにいました。
しかし、生物の多様性の問題が、今後ますます注目され、重要になってくることは間違いありません。なぜなら、これは一国内だけではなく、国境を越えた環境問題であるからです。そしてまた、文化的、経済的な社会構造が、生物資源の利用、消費に関わっているという意味でも、21世紀の環境保全を考える上で、非常に重要な問題といえるでしょう。
現在、世界で処方されている薬のおよそ40%が自然界から得られたものを元にしています。その内訳は、植物が24%、微生物が13%、動物が3%。思わぬところで、私たちは沢山の生物のお世話になっているのです。
また、熱帯林からは、それまで治療が難しいとされていた病気の特効薬がいくつも発見されてきました。熱帯林の研究はまだほとんど進んでいないので、その分、新しい特効薬発見の可能性が多く残されていると言えるでしょう。しかし、今のまま熱帯の森が次々と失われてしまえば、その可能性も失われてしまうことになります。
農作物の品種改良には、高温や低温、乾燥、病気など、それぞれに強い、多様な遺伝子が欠かせません。また、世界の植物のうち少なくとも8万種が食べられていると言われていますが、現在我々はわずか20種で総カロリーの90%をまかなっています。食糧としての生物の多様性の、潜在的な豊かさは、はかりしれません。
一方、魚は養殖されているものを除くと、全て川や海から捕獲されている野生生物であり、その生存は生物の多様性に支えられています。魚を主要なタンパク源としている国は、世界に数多くあります。
人間が生きるのに必要最低限な衣食住以外の、便利や快適、娯楽といった豊かさも、生物の多様性によって支えられています。
例えば、天然のでんぷんは繊維、石鹸、化粧品、様々な加工食品、写真フィルム、染料、タイヤ、プラスチックなど、幅広く使用されています。また、森林は燃料となり、家具となり、紙となって、世界に年間770億ドルもの市場を生み出しています。
それだけではありません。生物の多様性は、物質的な豊かさだけでなく、精神的な豊かさも支えています。大勢の人々が休日に海や山へ出かけていくことや、自然をモチーフにした優れた芸術作品が世界中にあることだけでも、それは十分証明されています。
「生物の多様性に関する条約(生物多様性条約)」は、1992年6月ブラジルで開催された国連環境開発会議(地球サミット)で条約に加盟するための署名が開始され、1993年12月29日に発効しました。2001年9月12日現在、182ヶ国が加盟しています。 日本は1993年5月23日に批准し、締約国になりました。また、アメリカはこの条約を批准していません。
自然保護を目的とする国際条約(ラムサール条約、ワシントン条約、世界遺産条約など)は多数ありますが、生物多様性条約は、個別種や特定の生態系に限らず、時間的、空間的な広がりを想定した、地球規模の包括的な初めての国際条約です。また、生物多様性の保全だけでなく、持続可能な利用を明記した条約でもあります。
条約加盟国は、生物多様性の保全と持続可能な利用を目的とする国家戦略又は国家計画を作成・実行する義務を負っています。また、重要な地域・種の特定とモニタリングを行うことになっています。
一方、生物多様性の持続可能な利用のための措置として、持続可能な利用の政策への組み込みや、先住民の伝統的な薬法のように、利用に関する伝統的・文化的慣行の保護・奨励について規定しています。
この他、遺伝資源の利用に関しては、資源利用による利益を資源提供国と資源利用国が公正かつ公平に配分すること、また途上国への技術移転を公正で最も有利な条件で実施することを求めています。
さらに、この条約には、先進国の資金により開発途上国の取組を支援する資金援助の仕組みと、先進国の技術を開発途上国に提供する技術協力の仕組みがあり、経済的・技術的な理由から生物多様性の保全と持続可能な利用のための取組が十分でない開発途上国に対する支援が行われることになっています。また、生物多様性に関する情報交換や調査研究を各国が協力して行うことになっています。
このように、生物多様性の問題は国境を越えた地球規模の努力を必要としています。しかし、実際には、環境保全を進めようとする先進国と、これから開発を進めようとしている開発途上国との間で対立が起きています。また、それ以上に複雑な問題は、豊富な生物資源を有する途上国と、それを利用開発する先進国との対立です。「資源を持つ国」と「技術を持つ国」という新たな対立が生まれています。「持てる者」と「持たざる者」という単純な構図では説明できなくなってきているのです。
条約採択の交渉の過程では、途上国が「遺伝資源」の利益配分を強く主張したので、交渉が難航しました。その結果、自国の天然資源の主権的権利を有することが認められ、「遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分」が第三の目的として組み込まれました。
このことは、途上国の遺伝資源を利用する先進国にとって、受け入れ難い点でした。なぜなら、日本やアメリカのバイオテクノロジー産業が影響を受けることになるからです。アメリカがいまだに批准しないのも、このような理由からです。
生物多様性条約は、どのように、各国の自然保護の役に立っているのでしょうか。その仕組みを簡単に見てみましょう。
生物多様性条約の第6条(a)は、各締約国政府に対し、生物多様性に関する国家的な戦略、行動計画または実施計画を策定するよう求めています。
生物多様性国家戦略は、生物多様性条約に基づき、生物多様性の保全とその持続可能な利用という観点から、日本が締約国としてどのようにこの問題に取り組んでいくかという基本方針と施策展開の方向を示したものです。現在のものは、平成7年10月に決定されました。
この戦略策定に当たっては、環境省(当時の環境庁)だけでなく、関係省庁(環境省、農林水産省、国土交通省、文部科学省、経済産業省、厚生労働省、外務省)が分担執筆するという形を取りました。しかし、縦割り行政的な取り組みのため、結果としては不十分なものになりました。
本来、生物多様性という問題は、細かく割り振り出来るものではありません。したがって、国の政策決定者、地元で活動するNGOやNPO、自治体などのあらゆる立場の意見を採り入れ、調和の取れた多様性保全を目指していかなければなりません。
しかし、この戦略は法律ではありません。あくまでも理念や方針を定めたものであり、履行の義務は伴いません。つまり、実際に戦略を活かした生物多様性の保全を行うには、その理念を十分に反映した国内法が必要なのです。しかし、現在のところ、それに該当する法律は、残念ながら日本にはありません。
生物多様性国家戦略は、単なる環境保護のための方針を打ち出しているのではありません。それは、日本が20年後、50年後、100年後にどのような国を将来世代に残すことができるかという目標でもあります。誰も使わない道路や、空港の建設が私たちの生活を豊かにするとは思えません。生態系を破壊して空港を造り、そこでの豊かな自然を観光目的とするエコツーリズムを展開することが、私たちの望んでいることでしょうか。
また、私たちが口にする食品や薬の安全性など、私たちの生活そのものにも大きく影響してきます。したがって、生物多様性の恩恵を受けている私たち自身の声を行政に届けなければなりません。あらゆるレベルの関係者の声を取り入れることが、多様性国家戦略の改訂には必要になってくるのです。
一方、地方自治体の取り組みも生物多様性戦略の実施には欠かせません。例えば、秋田県は「秋田県生物多様性保全構想」を策定し、積極的に地域の生物多様性保全に取り組んでいる自治体もあります。これから改訂される生物多様性国家戦略は、日本の将来像を描きながら作成する必要があります。その様な戦略を実現するためには、具体的かつ現実的な、そして実行可能な内容のものでなければなりません。